「なんとなく観る動画」が、私の明日を削っていた
ビフォー
25歳の夜。仕事の疲れを癒やし、仕事だけの1日にしないためにスマホを握り、気づけば深夜1時。観たい動画があるわけでもないのに、ショート動画などをあさる日々。
本音
観終わったあとに残るのは、深い満足感ではなく「また明日も眠い目をこすって会社に行くのか」「睡眠時間を削ってまで見るべきだったのか」という小さな絶望。後悔したくなくて動画観たのに結果として後悔を生んでしまう悪循環。
YouTubeを「娯楽」から「学習」へスライドさせる
断絶ではなく変換: 完全に断つのは無理。だから「観る時間」と「使い方」を徹底的に変えた。
Youtubeというのは現代社会のものすごく便利な情報収集ツールです。下手に完全に断絶してしまうと逆に社会から置いて行かれる危険性もあります。そのため、「観る時間」と「使い方」というものに着目し変えていきました。
ルール化
夜はスマホを置いて寝る。その代わり、朝の移動中と運動中だけは「聴くYouTube」を解禁する。夜にスマホは観てはいけないわけではない。むしろある程度の満足までは観るが、限界までは観ない。少しでも眠くなったらすぐに遠くに置く。逆に朝起きたらすぐにYoutubeを起動しながら準備。脳の覚醒とインプットを同時に開始。
「運動×聴く」が、脳を強制的に覚醒させる
相乗効果
駅までの早歩きや、ジムでの有酸素運動。血流が良くなるこのタイミングが、実は一番言葉が脳に入ってくる。
※歩く・軽いスクワットなどの運動をしながら暗記や勉強を行うことで、身体と脳の連動により記憶の定着率や集中力を飛躍的に高める学習法をシンクロマッスル効果というようです。
体感
ベッドで寝そべって観ていた時は「他人事」だった知識が、体を動かしながら聴くと、そのまま「自分のアイデア」として突き刺さる感覚を得られます。
13インチのPCを広げるまでの「助走」
- 移動時間の教室化: トートバッグを肩にかけ、イヤホンを耳に差し込んだ瞬間が私の「授業開始」。
- アウトプットへの直結: カフェに着く頃には、運動とインプットで脳が完全に温まっている。PCを開いた瞬間に指が動き出す。アイデアを一気にドキュメントに書いていき、息詰まったらAIと相談。
まとめ:25歳、時間は「作る」のではなく「置き換える」
- 意志の力で頑張るのではなく、ただ時間のパズルを組み替えただけ。
- 夜のYouTubeを捨てて手に入れたのは、「自分の人生を自分で運転している」という静かな自信。

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