何者でもない自分への焦り。25歳社会人が『朝にジムとブログ』に縋(すが)る理由

25歳、「このままでいいのか」という呪い

社会人になって数年。仕事には慣れたけれど、ふとした瞬間に襲ってくる「一生この場所で終わるのか?」という不安

私は新卒で入った会社を1年でやめ、2社目をもう少しでやめようとしています。
仕事はすぐに理解できるし、そこそこセンスもあり営業でも数字を出せる。
ただ、給料明細を見るとほぼ最低賃金
ここから昇格しても、中途半端な責任が襲い掛かってくるし、今の立場のまま昇給しても精々年5000円〜10000円。日本人の平均年収すら遠いことを実感しました。
また、現在営業をしてるのですが、一生このままなのかという強い不安もありました。

周りの結婚報告や、SNSで流れてくる「キラキラした起業家」とのギャップに焦っている

25歳ともなると専門卒や高卒の友達は少しずつ結婚してる人も増えてきました。
私はどうでしょう?付き合ってる人がいるという幸せはありますし結婚も考えてますが、今のままで結婚して幸せにできるのか。幸せになれるのか。という不安があります。結婚とは時に勢いも大事だが経済的にも社会的にも自立してないとできないのではないかと考えるようになりました

「見栄」を捨てて見えてきた、自分の現在地

1,500円のランチを食べていた時は、その一瞬だけ「自分はイケてる」と勘違いしたかった

1500円のランチを食べ、インスタグラムに投稿し、いいねをもらっていたころは承認欲求が満たされていたし、自分のコミュニティから離されない手段だと思っていた。給料を使い切り、毎食おいしいご飯を食べ、それを投稿し、いいねをもらう。それが幸せだと勘違いしてました。

でも、中身は空っぽ。スキルもなければ、貯金も微々たるもので、収入も少ない。

現在は営業職で営業というスキルは会社が変わってしまえば、基本は変わらないが、商品も変われば、単価や売り方も変わる。それ以外にスキルや資格もないし、勉強する時間もない。勉強して資格を取ったとしても実務経験がなければ資格も役に立たないです。

毎回給料日のたびに見る限りなく0円に近い数字。使い切らないとやってられないライフスタイルでした。そして、収入もほぼ最賃。計算してみると僕より仕事量が少ないアルバイトよりも時給が低い。

「外見を飾る(見栄)」のをやめて、「自分を鍛える(投資)」ことに全振りしようと決めた瞬間。

見栄をやめて投資することに全振りしようと思った瞬間は、今付き合ってる人との結婚を意識したときでした。彼女に恥ずかしくない自分でいたい。経済的にも社会的にも自立し、周囲からも認められる人になりたい。そう思いました。

なぜ「ブログ」と「ジム」そして「朝活」だったのか

ジム

自分の体は裏切らない。1kg重いものが持てるようになる成長体験が積めます。
結局かっこいい人やおじさんになっても若々しくしてる人は自分の体に気を使えてる人です。また、朝一でジムに行けば、そこには友達ではないし話もしないけど一緒に頑張る仲間もいます。重いバーベルを上げるたび、会社員としての自分ではなく「個」としての自信が湧いてきます。

ブログ

会社の肩書きを外した時、自分の言葉で「価値」を生み出せる場所が欲しかった。小さいころから「文章起業」という言葉へのあこがれもあり、この媒体を始めることにしました。また、もし物を売るにしても自分が本当に良いと思ったものや売りたいものを売りたいと考えました。たった1行書くだけでも、それは「会社のための資料」ではなく「自分の未来のための資産」になります。

朝活

夜は仕事で疲れ果てて「後悔」しか残らない。だから、誰にも邪魔されない「朝」を自分の聖域にしました。朝は街に人はいないです。その孤独に打ち勝ち自分の圧倒的に得意かつ周りと違うところを戦場にしたいと思いました。

迷っている同世代へ伝えたいこと

  • 「すごい人」になる必要はない。まずは重いカバンを持って、カフェの席に座るだけでもいい。朝起きるだけでもいい。朝太陽の光を浴びるところからでもいい。それが未来への第一歩になると信じています。
  • 13インチのPCは、私にとって「新しい世界への片道切符」のようなもの。まずは中古でも良いからパソコンを買い、何か始めましょう。

まとめ:25歳、ここからが本当のスタート

まだ何の結果も出ていないけれど。5年後の30歳になった自分が「あの時、朝からいろんなことをしてて良かった」と思えるようにこれからも頑張っていきます。

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