「パワハラ」という言葉を盾にする、若者たちの無自覚なハラスメント。過保護な社会が生んだ「巨大な赤ん坊」の末路

今の現場は「逆パワハラ」に怯えている

何か指導すれば「それ、パワハラですよ」と冗談混じりに、あるいは真顔で返される時代。人材営業として、そして25歳の若手として違和感を感じる。「厳しくされない権利」を主張する若者の裏で、現場のプロたちが疲弊している。

保育現場で見た「過保護」の既視感

保育現場で知った衝撃の事実

親が楽をするために抱っこし、リュックを持ち、噛まなくていい離乳食を与える。その結果、5歳児がストローすら使えない「退化」が起きている。

手を貸しすぎた結果、「思考する筋力」がゼロのまま大人になってしまった悲劇。

仕事において進まないことは意味がないから上司が手を貸すことは重要だ。しかし、手を貸された新人がそれをまねする能力があれば良いが、手を貸されることに甘えてしまったらどうだろう?上司の仕事は常に倍になり、一向に新人は育たない。1回ですべてを覚えろと言われるのもどうかとは思うが、1回ですべてを覚える努力をしてから主張はすべきだ。手を貸されるのに慣れた新人は考える力が0になり、次の新人も育たない。悪循環だ。

教えてもらえないはパワハラ?

たまに若者から聞く。教えてもらえなくて放置されたのでやめますと。たしかにあきらかな放置。意図して教えないのは企業側に責任がある。しかし、これを主張するほとんどがその職場の状況を理解していない。あきらかにバタバタする時間帯で教えながら仕事をするのは生産性を著しく低下させる行為だ。昔の看護の実習現場を想像すれば今の職場なんて可愛いものだ。昔の看護の実習現場は常にバタバタしてる看護師に1回1回「お忙しいところ申し訳ございません。お聞きしてもよろしいでしょうか。」と聞いてから、教えてもらっていた。今の新人は教えてもらうことが当然だと思っているが、本来はこのくらいの姿勢で教えてもらわないといけないと25歳ながらに私は思う。お金を払って教えてもらうならともかくお金をもらって教えてもらうなら、それなりの姿勢は必要だ。

「人が足りない」を武器にする甘え

「人が足りないから、これ以上は無理です」と平然と言う若手。

保育現場のプロは、考え抜いた末の結論として「増員」を語るが、若者は「考えないための免罪符」「自分自身の楽のため」として人手不足を語る。そもそも人手が足りないから新人を雇って研修・教育を行っているのに、なぜ新人が人手不足を主張するのか。自分たちが育ってみせますとなぜ言えないのか。育った上で周りが見えるようになってから初めて人手不足を主張してほしい。

これこそが、現場で必死にPDCAを回している上司や先輩に対する、一種のハラスメントではないか。

新人の主張→上司は却下→新人の不満→新人の退職やハラスメントですと言う。
これこそ上司からしたらハラスメントだと思う。退職を盾にして主張を通そうとする。これは現場を必死に回している人間たちからしたらハラスメントだ。

25歳の僕が、家賃2万円で「厳しさ」を買う理由

世の中が便利になり、過保護になるほど、個人の「野生(稼ぐ力)」は落ちていく。僕はあえて、便利さに依存しない生活を選び、仕事ではクレームの嵐に揉まれている。なぜなら、「パワハラという言葉に守られている人」から順に、20年後の市場から消えていくと確信しているから。

守られているのは「権利」ではなく「無能さ」だ

  • 上司が黙るのは、納得したからではない。「関わるのが面倒(リスク)」だと思われただけ。
  • 「パワハラ」を盾に成長を拒否する行為は、自分の未来に対する最大のハラスメントだ。
  • 20年後、自分に牙を向くのは上司ではなく、「何もできないまま年をとった自分」である。

余談 ~そもそもパワハラって何だろう~

パワハラ=パワーハラスメント
職場の立場・権力などを用いて、様々なことを強要させることが一般的な定義かと思います。
今の若者が主張するパワハラって本当にパワハラなのかな?って思います。
職場って学校じゃないので、価値を提供しないと給料という対価は発生しないはずです。
しかし、今の若者は学校感覚で少し厳しいことを言われたらパワハラという。
極論言い方がきついだけならパワハラじゃありません。説教も度が過ぎなければパワハラではありません。
パワハラや労基(労働基準監督署)の名前を出せばいいと思ってるのは、少しイラっとしますね。
※私は25歳ですが、ただきつさから逃げるだけのパワハラ発言は大嫌いです。

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