保育園は「預ける場所」ではなく「最初の学校」だ。20年後の自分の部下を育てているという視点。(人材派遣での保育園訪問part1)

僕の大きな勘違い

人材営業として現場に行って、自分の無知を知った。私は保育園を「親が働くために子供を預ける場所」だと思っていた。しかし実際園長から話を聞くと、社会性を身につけ、小学校・幼稚園へと繋げる「人生最初の教育機関」だった。

「便利さ」が子供から奪ったもの(衝撃の現状)

体力の低下

車社会で歩かない。徒歩5分のコンビニにも車で行く。公園で遊ばない。親が楽をしてリュックを持ったり抱っこしたりする。それは子供のためになっていない。子どものためを思うなら親は楽をしてはいけない。ただ全部やっていたら日が暮れる。やること・やらないことの取捨選択は重要だ。

筋力の低下

園長は今の5歳は昔の3歳レベルと肌感覚で感じ取っていた。体は大きいのに座るための基礎的な筋力さえない。保育園ではまずそういうところから直していく必要がある。昔は自然にできていたことを今では保育園での習性というものが必要になっている。

思考と対話の欠如

YouTubeの見すぎで「かっこいい言葉」は言えるが意味を理解していない。言葉のキャッチボールができず、意思疎通できないから「押す」などの体で表現してしまう。

機能の遅れ

忙しくなった社会では離乳食を親が作らない。市販の離乳食はかなり細かく作られており、これの多用は噛む力を弱くし、言語の発達まで遅らせている。

保育園の新しい役割:小学校との連携

今は小学校とも連携して教育をする方向へ動いている。

小学校に上がって「牛乳のストローの使い方がわからない」という事態が実際に起きている。これらの事象を減らし、小学校の1年生の担任の先生をできるだけ楽にするために、できる園では牛乳の飲み方などを教えていく方向に変えていくべきだと園長は話していた。

AI時代だからこそ考えるべきこと

AIはものすごく便利だ。AI時代だからこそ、「検索して終わり」ではなく自ら考える力を身につけさせなければならない。私もこれはものすごく思う。今までは「検索ワードを考える」ということが必要だったが、今は大まかに相談ベースで話せば、AIが勝手に検索してくれる。この「検索ワードを考える」という要素は減り、楽はできるが、これを最初からAIを使うこともはどうだろうか?思考力や語彙力が限定的なものになってしまう可能性がある。

20年後の社会を想像して

25歳の私は今目の前にいる子どもたちは、20年後に自分の「部下」になる存在であると感じ取った。このまま発達が遅れて、個性だけが伸びた子どもが増えていくとZ世代以上の個性を主張し、自分主体の社会ができてしまうのではないかと危惧した。だから、保育士も親も、「20年後の社会の質を育てている」という視点を持つべきではないか。

保育園での活動こそが、日本の未来を左右する。そう園長も語っていた。

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