「娯楽、捨てました。」25歳の僕が、5,000円以上の贅沢を卒業して手に入れた「圧倒的合理性」

娯楽の「損益分岐点」を見極める

25歳。世間は酒、女(恋愛)、ギャンブルに給料を溶かす時期。だが、僕は決意した。「1回5,000円以上かかる娯楽」は、僕の人生に不要だ。毎日8時間以上仕事をし、必死に稼いだ軍資金を、一瞬の快楽(負債)に投じるのはもうやめる。

【酒】「酔う」ためではなく「整える」ために嗜む

  • かつての「泥酔」は、時間と健康の空売りだった。翌日のパフォーマンス低下は、投資で言えば「追証(おいしょう)」が発生しているのと同じ。
  • 今の僕は、10年後もスマートな身なりでいることを目指してるのでカロリーを少し意識しつつ、味を嗜む程度で止める。
  • 酔いに任せるのではなく、「自分の意識をコントロール下に置く」ことの方が、よっぽど心地よい。

【女(恋愛)】バチェロレッテシーズン1に学んだ「真実の愛」への一点突破

福田萌子さんの「誰も選ばない」という誠実な合理性

17人の男たちが競い合う狂騒曲。最後に彼女が下した「誰も選ばない」という決断。あれは妥協という名の「不良債権」を抱えないための、究極の誠実さだった。納得できない相手に1秒も投じないストイックさに、僕は驚きと同時に震え、感動すら覚えた。

「数」のポートフォリオを捨て、「唯一」を長期保有する

不特定多数と浅く関わるのは、ボラティリティ(変動)の激しいクソ株を買い漁るようなもの。心も財布も疲弊するだけだ。僕は、あちこち目移りしてエネルギーを分散させる「デイトレ的な恋愛」を卒業した。今の僕は安定的に1人の女性しか愛さない「インデックス一点突破」だ。

【ギャンブル】「期待値」の計算ができない遊びは卒業

競馬、パチンコ、宝くじ。胴元が勝つ仕組みのゲームに金を投じるのは、もはや娯楽ですらない。

ギャンブルは勝つ人もいれば負ける人もいる。実際は一部の本気で職にまでしてるプロと大半の娯楽目的の人で成り立っている。前者はもちろん確率的に言えば、高い確率で買ってるのかもしれない。しかし、大半は負け越しているとしか聞いたことがない。これらのギャンブルは運営元に必ずお金が入る仕組みがある。最初から勝つ確率が低いならやる必要はないと考える。

「投資」の方が圧倒的に面白い。

企業の成長を予測し、世界の経済成長に乗り、資産が増えていく。この「世界を相手にしたゲーム」を知ってしまったら、既存のギャンブルはあまりにも退屈だ。
さらに、投資は一部の手数料や信託報酬はあっても我々で運営元を養う必要はない。企業の利益が我々の利益になるので、負けることの少ないものだ。負けることが少ないのは歴史が証明している。

娯楽を捨て、「自己投資」という快楽へ

  • 浮いた金と時間は、趣味、勉強、そしてカフェでの思考時間に充てる。
  • カフェ代の500円は、未来の自分への「設備投資」。そこで得た閃きや知識は、将来何倍もの配当となって返ってくる。
  • 「娯楽を捨てた」のではない。僕は「本当の自由」を買いに行ったのだ。

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